才能に叩き潰されたはなし。

漫画家に、なりたかったのだ。

初めて触れた少女向け月刊漫画誌りぼん。
それを読んで私は漫画を描き始めた。
大層な内容ではない。わずかに思い出せる話を手繰り寄せてみたが、なんとなく恥ずかしさがあるので伏せておく。

漫画家になりたかった。
絵を描くのが好きだった。
話を書くのが好きだった。
だから紙にペンを走らせ続けた。あまり学校の成績が良くなくて紙を取り上げられれば、ノートを破いて書いた。

小学校五年生のとき不登校児の同級生がいた。めったに学校には来ないがたまにくるとイラストを描いてクラスメイトに囲まれていた。
上手かったのだ。とても。
ひどく上手くて、先生にも絶賛され、彼女に絵を描いて欲しがる子は多かった。
日常的に描いている私に絵のことで話しかけてきた子は一人もいない中で。

「どうすればそんな上手くなれるの?」
「分かんない。私、気づいたら描けていた」

…これが才能なのだと、思い知った。
彼女はそこに行き着くまでにどれほど努力したのか。しかし努力とて才能、画力が伸びるのも才能だ。
私はすべて納得した。
私は漫画家にはなれない。

少ない小遣いや、親の機嫌を取り買ってもらった漫画用の紙を奥深くに仕舞った。
応募用にと切り取っていた住所を捨てた。
才能がなかった。子供の落書きから先に私は進めなかった。
彼女からもらったイラストも、確か、高校時代に捨てた。小学生から中学生の間に描いていたものも。

いい時代になった。
ツイッターを見れば才能あふれるイラストが流れてくる。どう転がればいいかは分からないが、うまく行けば多くの目に触れる。
いい時代になった。
多くの天才に押しつぶされることはあれ、身近なたった一人の才能に押しつぶされることなんてないのだから。

数年前、彼女と久しぶりに会った。
私は覚えていた。彼女は覚えていなかった。
漫画を一緒に描いていたことを、忘れていた。
そんなものだ。
私だけが淀んだ感情を引きずっているのだ。
あの日々から抜け出せないまま生きている。


私は、漫画家になりたかった。
それだけのはなし。